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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1136号 判決 1983年12月20日

控訴人

埼玉起業株式会社

右代表者

杉原昭道

右訴訟代理人

立野輝二

被控訴人

速水利一

被控訴人

速水あさ子

右両名訴訟代理人

田中徹歩

高橋信正

一木明

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨の判決を求める。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人らの請求の原因

1  (本件事故の発生)

被控訴人らの長男であつた訴外速水将弘(以下「訴外将弘」という。)は、昭和五三年五月二八日午前一〇時二〇分頃、栃木県小山市大字間中地内利根川水系思川河川敷に敷設されていた原判決添付図面(一)記載のとおりの仮橋(以下「本件仮橋」という。)を同市大字栗宮方面から同市大字間中方面に向けて自転車に乗車して進行中、右図面表示のX点付近において本件仮橋から自転車とともに思川に転落し、その頃同所付近で水死した。

2  (本件仮橋の状況等)

本件仮橋は、思川の両岸とそのほぼ中間地点の入口中洲との間に架けられた二対の橋梁であつて、前記図面記載のとおり、大型貨物自動車の両車輪位置の幅に合わせて敷設された平行する二本の橋架により構成され、各橋架は幅四〇センチメートル、長さ14.75メートル、厚さ二センチメートルのH型鋼材二枚を並列に組み合わせたものから成つており、橋架と橋架との間には1.05メートルの間隙があつた。

そして、本件仮橋は、控訴人が大型貨物自動車による土石運搬路とするために河川法第二四条及び第二六条の各規定に基づく栃木県知事の許可を受けて昭和四九年八月に敷設したものであつて、爾来控訴人がこれを所有かつ占有し、大型貨物自動車による土石運搬路として使用されていたほか、付近住民や釣人などによつても日常的に利用されており、また、河原に遊びに来た付近の子供らもこれを渡ることがあつた。

また、本件事故当時、本件仮橋から思川の水面までの距離は約1.5メートルあり、付近の水深は約四メートルあつて、川底は岩場となつており、人口中洲によつて、流水の幅が狭められていたために付近の水流は速く、約一〇メートル下流では水が渦を巻くような状況であつた。

しかし、本件仮橋には手摺その他の転落防止設備は設けられておらず、また、その東側及び西側の道路上には本件仮橋の通行を禁止する旨の標識は設置されていたものの、右通行又は本件仮橋への侵入を阻止するための物理的施設はなんら設けられていなかつた。

3  (責任原因)

控訴人は、土地の工作物である本件仮橋を所有かつ占有していたものであるところ、前記のような本件仮橋の状況等からすれば、付近の子供らが本件仮橋を通行することを十分予測し得たのであるから、転落事故の発生を防止するため、前記橋架と橋架との間の1.05メートルの間隙に鋼材を架設するなどして右間隙をなくし、橋架の両側に転落防止用の防護柵を設置するか、本件仮橋の出入口に子供らの立ち入りを不可能ならしめるような設備を施すべきであつた。

ところが、控訴人は、なんらこれらの安全対策を講じていなかつたのであるから、本件仮橋は、それが本来備えているべき安全性を欠いていたものであり、その設置、保存には瑕疵があつたものであり、本件事故は、本件仮橋の右瑕疵に起因して発生したものである。

よつて、控訴人は、民法第七一七条第一項の規定に基づき、本件事故によつて訴外将弘及び被控訴人らが被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  (損害)

(1) 訴外将弘の逸失利益とその相続

訴外将弘は、昭和四三年二月二二日生れの健康な男子(本件事故当時一〇歳三か月)であつたものであるところ、本件事故により、次のとおり二、三七一万六、〇〇〇円(但し、一、〇〇〇円未満切り捨て)の労働によつて得べかりし利益を喪失した。

(稼動可能年数) 満一八歳から六七歳までの四九年間

(収益) 年額二三七万八〇〇円(但し、昭和五〇年度賃金センサス全産業男子労働者平均の賞与その他の特別給与を含めた現金給与額による。)

(生活費の控除) 右年間収益の二分の一

(中間利息控除) 年五分の中間利息をホフマン複式(年別)計算により控除

そして、被控訴人らは、訴外将弘の父及び母として、右損害賠償請求権を各二分の一あて相続した。

(2) 被控訴人らの慰籍料

被控訴人らがただ一人の男の子であつた訴外将弘を失つたことによる精神的苦痛は甚大であり、その慰籍料として各自四〇〇万円が相当である。

(3) 被控訴人速水利一の支出した葬儀費用

被控訴人速水利一は、訴外将弘の葬儀費用として少なくとも五〇万円を支出して、右同額の損害を被つた。

5  (結論)

よつて、被控訴人速水利一は、控訴人に対して、相続にかかる逸失利益の損害一、一八五万八、〇〇〇円、慰籍料四〇〇万円及び葬儀費用五〇万円の合計一、六三五万八、〇〇〇円並びにこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年五月二九日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被控訴人速水あさ子は、控訴人に対して、相続にかかる逸失利益の損害一、一八五万八、〇〇〇円及び慰藉料四〇〇万円の合計一、五八五万八、〇〇〇円並びにこれに対する前同日から支払い済みに至るまで前同割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する控訴人の認否

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実中、本件仮橋を付近の住民や釣人などが日常的に利用しており、また、河原に遊びに来た付近の子供らもこれを渡ることがあつたことは否認するが、その余の事実は認める。

3  同3の事実中、控訴人が土地の工作物である本件仮橋を所有かつ占有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実中、訴外将弘が昭和四三年二月二二日生れ(本件事故当時一〇歳三か月)の男子であつたこと及び被控訴人らが訴外将弘の父及び母であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  控訴人の抗弁

控訴人は、昭和五三年三月二五日、訴外共栄工業株式会社との間において、本件仮橋を同年四月一日から昭和五五年三月末日まで資料一か月五万円で訴外会社に賃貸する契約を締結して引き渡し、本件事故当時においては、訴外会社がこれを直接占有していたものであつて、控訴人は、間接占有を有していたにすぎない。

したがつて、仮に本件仮橋の設置又は保存に瑕疵があつたとしても、それは、右訴外会社の事故の発生を防止するに必要な注意を怠つた過失によるものであるから、専ら右訴外会社が本件事故によつて生じた損害の責に任ずるべきものである。

四  抗弁事実に対する被控訴人の認否

抗弁事実は、知らない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1及び2の事実は、本件仮橋を付近の住民や釣人などが日常的に利用しており、河原に遊びに来た付近の子供らもこれを渡ることがあつたことを除いて、当事者間に争いがなく、右争いがない事実に<証拠>を併せ判断すると、次のような事実を認めることができ、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件仮橋は、原判決添付図面(一)記載のとおり、利根川水系一級河川思川の東岸堤防から約五〇メートル、西岸堤防から約二〇〇メートルの地点の河川敷内に所在し、その東端は大型貨物自動車の通行のために造成された運搬路をもつて東岸堤防上の道路に丁字型に連なり、その西端は南西約三〇〇メートルの地点で県道小山環状線と交差する同様の運搬路に連なつている。そして、本件仮橋付近から約三〇〇メートル下流(南方)の地点には思川の両岸を結ぶ間中橋が架設され、また、概ね一、二キロメートル上流(北方)の地点には同両岸を結ぶ石上橋が架設されていて、それぞれ一般公道に連なつている。

また、本件仮橋付近には人家その他の人の集散する施設は全くなく、最寄りの村落である栃木県小山市大字間中の村落までは直線距離でも一キロメートル以上の距離があつて、通常は人影のない場所である。

2  控訴人は、昭和四九年八月、河川法第二四条及び第二六条の各規定に基づく栃木県知事の許可を受けて、前記間中橋の下流約一キロメートルの地点の河川敷にある砂利採取場で採取した砂利を栃木県小山市大字外城字高田所在の工場まで大型貨物自動車により運搬するための運搬路を開設することとし、本件事故現場の思川の両岸からの中間地点に南北幅約一〇メートル、東西幅約二二メートルの人口中洲を設けて中継点とし、これと思川両岸とを結ぶ二対の橋梁として本件仮橋を敷設したものである。

そして、本件仮橋の規模、構造及び付近の状況は、前記争いのない事実のとおりであつて、本件仮橋は、要するに、幅四〇センチメートル、長さ14.75メートル、厚さ二センチメートルのH型鋼材二枚を原判決添付図面(二)記載のとおり並列に組み合わせたもの二組を大型貨物自動車の両車輪位置の幅に合わせて平行に敷設して橋梁としたものに過ぎず、手摺その他の転落防止設備はもとより橋桁に相当するものも設置されておらず、平行して敷設された二本の橋架と橋架との間には、1.05メートルの間隙が生じているので、本件仮橋を自転車等に乗車したまま通行してハンドル操作等を誤つたときには、川に転落する危険のあることは、通常の事理弁識能力を備えた者であれば容易に認識しうる状況にあつたものである。

3  本件仮橋は、その開設以来昭和五三年三月頃までは控訴人によつて、その後は主として控訴人からこれを賃借した訴外共栄工業株式会社によつて、大型貨物自動車による砂利運搬路として使用されてきたが、前記の間中橋や石上橋が豪雨による増水等によつて通行不能となつたようなときなどには、付近の住民が本件仮橋を利用することがあつたし、そうでなくても時に本件仮橋を農作業等に行くための近道として利用する者もみられたほか、本件仮橋付近の思川が漁業組合の釣指定区域とされていたため、休日等には本件仮橋付近で釣りをしあるいは本件仮橋を徒歩又は自転車で渡る釣人も少なくなかつた。

そして、控訴人は、本件仮橋がこのように時として一般住民によつて利用されていることを知り又は十分知り得べき状況にあつたため、本件事故当時にも、「この仮橋は当社専用の橋です当社のダンプカー以外の通行は厳禁する 埼玉起業株式会社」、「きけんに付き関係者以外この仮橋の通行を禁ずる埼玉起業株式会社」、「あぶない このはしをわたらないでください 進入禁止」などと記載した立札を本件仮橋への両進入口付近に立てるなどの措置を講じてはいたが、当時はそれ以上に本件仮橋への進入口に柵を設けるなどそこへの進入自体を物理的に阻止するための設備を施すことはしていなかつた。

4  訴外将弘は、昭和五三年五月二八日午前九時頃、同年輩の友人四名とともにサイクリングに出掛け、その途上の同日午前一〇時二〇分頃本件仮橋に差しかかり、栃木県小山市大字栗宮方面から同県同市大字間中方面に向けて自転車に乗車したまま本件仮橋のうちの南側の橋架を通行中、原判決添付図面(一)表示のX点付近において急ブレーキをかけたため、橋架と橋架との間の間隙から自転車とともに思川に転落し、その頃同所付近で溺死した。

二以上のような事実関係の下において、土地の工作物である本件仮橋の設置又は保存に瑕疵があつたかどうかについて検討すると、民法第七一七条第一項の規定にいわゆる土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があるとは、当該工作物が本来備えているべき機能、性質又は設備を欠くことをいい、特に、危険な工作物に関しては、損害発生の防止上求められる設備を欠いているなど当該工作物について社会通念上要求される安全性を欠いているとき、当該工作物にはその設置又は保存に瑕疵があるということができる。そして、ある工作物に右のような意味での瑕疵があるか否かは、その設置目的、構造、利用状況、四囲の状況等の具体的事情の下において、当該工作物が通常予想される危険に対する安全性を欠いており、その安全性を具備すべきことが社会通念上占有者又は所有者の責任領域に属すると認められるかどうかによつて決すべきであつて、およそ予想されるあらゆる危険に備えているのでなければ当該工作物に瑕疵があるということになるものではない。蓋し、社会生活を営む上での工作物に由来する種々の危険の中には、当該工作物を設置又は管理する所有者又は占有者がすべて危険の防止の責任を負担するものとするのが必ずしも相当ではなく、かえつてそれ以外の利用者自らがその判断と危険負担においてある種の危険に対処すべきものとするのが公平の観念に合致する場合があるのであつて、危険の性質やその回避の難易等に応じて、これら危険の防止ないし回避がいずれの責任領域に属するものとするのがもつとも公平に適するかを考慮することが必要であるからである。

これを本件についてみるに、先に認定したとおり、本件仮橋の所有者であり占有者(直接占有者であつたか間接占有者であつたかは、暫く措く。)であつた控訴人としては、付近の住民や釣人などの一般人が本件仮橋を通行することのあるのを知り又は十分知り得べき状況にあつたし、本件事故の被害者である訴外将弘のように、児童らが自転車に乗車したまま本件仮橋を通行するような事態さえあり得ないと考えたものとは断定し難い。そして、本件仮橋は、専ら大型貨物自動車による砂利運搬路として設置されたものであつて、そのようなものとして特定又は少額の者によつて利用されている限りにおいては、十分な安全性を有していたと解することができるとしても、本件仮橋は前記認定のように簡略な規模、構造のものであつたのであり、さらに、本件仮橋から転落した場合には死の結果をも招来しかねないことも明らかであつて、一般人が通行するとするならば危険性の高いものであつたことは、否定し得ない。それにもかかわらず、控訴人は、本件仮橋の進入口付近に一般人の通行を禁止する旨の立札を設置したのみであつて、進入口に柵を設け、あるいは縄、鎖等を張りめぐらすなど関係者以外の者が容易に立ち入ることができないようにするための措置は一切講じていなかつたというのであるから、本件原判決の認定、判断するように、本件仮橋の設置又は保存には瑕疵があつたとすることにも、一理なしとはしない。

しかしながら、先ず、本件仮橋は自然公物たる河川区域内に所在し、その付近には人家その他人の集散する施設はないのであつて、幼児その他の事理弁識能力に欠ける者が単独で本件仮橋に接近することは通常予想されないのであるから、本件仮橋の安全性の有無についても、事理弁識能力を有する者を標準として判断することで足りるものというべきである。そして、本件仮橋の持つ危険性といつても、それは、特別の知識、経験を持つ者でなければその存在を察知できないような潜在的又は技術的な性質のものではなく、通常の事理弁識能力を有する者であれば、それが危険であることを告知する立札等に俟つまでもなく、そのもの自体の構造等から容易にその危険の性質や程度について的確な認識を持つことができる類いのものである。また、本件仮橋の持つ右のような危険性を認識した上で、これを利用しようとする者が、その危険の現実化を回避するためには、なんら特別の技術や経験を必要とするものではなく、要するに慎重に行動しさえすれば足りるものである。そして、先に認定したような本件仮橋の構造や四囲の状況からすれば、本件仮橋が専ら特定人のために大型貨物自動車による砂利運搬路として特許使用の許可によつて設置されているものであり、一般交通の用に供されている公道又は私道ではないことは容易に識別し得るものと認められるのであるから、右のような危険の現実化を絶対的に回避しようとすれば、本件仮橋を通行する途を選ぶことなく、一般交通の用に供されている前記の間中橋や石上橋等を通行すべきであつて、これらの選択は、当該利用者自身の判断と危険負担においてなされるべきものである。したがつて、敢えて本件仮橋を通行することを選択し、不幸にして不測の事態が生じたとしても、それは、当該本人の著しく軽率な行動に起因するか、敢えて自己の判断と責任において危険を冒したことの結果又は自らがした危険の引き受けの結果としてこれを甘受すべきものであると解すべきところである。

他方、本件仮橋の占有者又は所有者において、一般人が本件仮橋を通行することのあるのを知り又は十分知り得べき状況にあつたとしても、単に本件仮橋への進入口に柵を設け、あるいは縄、鎖等を張りめぐらすなどの措置を講じたのみでは、右のように敢えて危険を冒そうとする者が本件仮橋に接近することを阻止するためには必ずしも実効的ではなく、そのためには常時見張りを置くとか、その他当該工作物の本来の用途に比して不相応な設備を設けるなどするほかないのであつて、それを占有者又は所有者に義務付けることは、社会生活上の種々の危険を回避するために必要な負担の公平な分担に適合する所以ではないと解される。

以上のような諸点を考慮すると、本件仮橋の所有者であつた控訴人として、一般人が本件仮橋を通行することのあるのを知り又は十分知り得べき状況にあり、その場合には危険な結果を招来することのあり得ることを予見し得たということができるけれども、本件仮橋の進入口付近に一般人の通行を禁止する旨の立札を設置することなど以上に、一般人が本件仮橋に進入するのを物理的に阻止するにたりる設備を設けたり、本件仮橋に手摺その他の転落防止設備を設けるなどして、一般通行人のために安全策を講じることまでは、本件仮橋の所有者又は占有者の責任領域に属するものではないと解するのが相当であり、結局、本件仮橋はそれが社会通念上要求される安全性に欠け、その設置又は保存に瑕疵があつたということはできない。

三そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、本件仮橋の設置又は保存に瑕疵のあることを前提とする被控訴人らの本訴請求は理由がなく、これを一部認容した原判決はその限度において失当であるから、原判決中控訴人敗訴部分はこれを取り消したうえ、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条、第八九条及び第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(香川保一 越山安久 村上敬一)

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